連載:気まぐれゲーム雑記 第195回:ひとえにB級ゲームといっても範囲は広い、と言う話題
気まぐれゲーム雑記
第195回:ひとえにB級ゲームといっても範囲は広い、と言う話題
B級はB級の在り方があると思うわけで……。
AAA級タイトルを作る大手は考えが違う
ゲーム業界では開発費の高騰が叫ばれている昨今ですが、UBIモントリオールの最高経営責任者Yannis Mallat氏が次世代機以降のゲーム市場に言及している面白い記事がありました。詳しくはこちら。
ざっとまとめると次のような感じ。
- 超大作は今後も存在し続けるが、市場に占める割合で言えば減少していく
- そのような超大作の対極にあるモバイルやタブレット、Facebookのゲームの中間に位置するゲームが問題
- 中間にあるゲームの市場は崩壊してしまった部分で、それはつまりB級ゲームの居場所がなくなったということが言え、クオリティの重要性を証明している
- 今の停滞してしまった市場も次世代機の登場で流れが変わるし、質の高いコンテンツが提供できるので、見返りも大きくなり多額の投資も問題がなくなる
こんな感じでしょうか。
この話題で出てくるB級は、「愛すべきバカっぽい作品」とかそういった意味合いではなく、本当にクオリティが低いゲームのことを指しています。というわけで、B級ゲームも色々あるけど愛すべきバカっぽいB級ゲームなら良いと思えるゲームもたくさんあると思うよ? という話題をしてみようかと思う次第です。
愛すべきB級っぽいゲーム
UBIモントリオールのYannis Mallat氏が、B級ゲームの居場所はなくなる、という論調で語っているのは、最高責任者である以上は売上を優先的に考えなければならないからでしょう。そうなると、確かにモントリオールの2400人+トロントの300人総出でB級的なクオリティのゲームを作られても困ってしまいます。根本的に、我らゲーム好きとは立ち位置が違うのです。売れる可能性が高いモノを作らなければならないのが、今のUBIの立ち位置です。
B級的なゲームというのは、一部のコアなファン達によって支えられます。例えばメジャーどころだとSIMPLE2000シリーズだった頃の「地球防衛軍」や「お姉チャンバラ」。海外はわからないけど日本語のローカライズが素晴らしすぎてかつてのセガを彷彿させる「デストロイオールヒューマンズ」などが該当するようなしないような……。ワリオシリーズもその類でしょうか。まぁ、「愛すべき馬鹿ゲー」という括りにはなると思いますが、B級の定義は個々で違うモノだと言う事が言えてしまいます。
当ブログでは度々言っていますが、需要がそこにあれば供給も発生します。これは、B級ゲームもそうです。ですが、昔の方がその率が高い理由というのは、開発費の問題だったり、技術的な問題だったりするものが強いです。今「バンゲリングベイ」をやったら一部のコアな方々以外は退屈の極みかもしれませんが、ファミコンでアレが発売された当時はアレが楽しかった……と思うのです。……たぶん。
ともかく、他の人には受け入れがたいゲームでもその人にとっては楽しいモノであれば、それが愛すべきB級っぽいゲームになっていくのだと思います。ですので、インディーズにはそういった「尖った発想」でゲーム開発してくれることに大きな期待を寄せているわけです。
今後、新ハードの登場で状況がどのように変わるのかはまだわかりません。PCでの開発が楽になったと言われてはいますが、インディーズの方々がどのように動くかということや、細かい詳細はまだ見えて来ない部分が多いでしょう。ですが、より多くのゲームが出ればそれだけ楽しめるかもしれない確率が上がります。
そういった意味ではB級ゲームの存在意義もあるとは思うところなので、某開発会社のように「ゲームが起動しない」とか「バグだらけでゲームにならない」なんてものではなく、どうせ作るなら一部の人達だけでも良いから好まれる作品を作るべきではなかろうか? とも思わせてくれる話題でした。ゲームメーカーの方々には、大いに頑張ってもらいたいですね。
しょぼーんさんとしゃきーんさんのゲーム座談会
:B級ゲームの居場所がなくなるってんで、そもそもB級の定義が我らと違うんじゃね? ってな話題です。
:まぁそうだな。粗悪品なことと、不格好だけど人気がある、じゃ大きな違いがあるからな。
:そういう事かと。まぁ、一部のコアなファン層に支持されるっていう大切さもあるんじゃないかなーとは思う次第。……もちろん、普通のゲームも大作も多く出て欲しいとは思うけど。
:バランスがどうなるかって事だろうな。日本だと、今や携帯機向けソフトの方が勢いはある感じがしちゃうし。いずれにせよ、次世代機がどういった流れを作っていくのか、今後の展開を見守るほかないな……。
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